もっと優しい世界に~世界をリデザインしよう~ Re-design.8 『大きな声の挨拶が良いってわけでもない』




 

提供:ながいあづみ さん

 

ライタープロフィール

永井 吾鶴美(ながい あづみ)

子どもの天性の才能を発揮させる『天才合宿』主催。山鹿市菊鹿町の『みんなの森』にてfree school『森の自分学校』の運営にも関わる。自身と息子、友人たちが発達障害(ウェ~バ~と作者は呼ぶ:波を起こし、周りを揺さぶる者、というイメージから)の特性をヒントにコンセプトを創っている。

イベントの企画や主催をしたり、デザインしたりイラストや漫画を描いたり、文章も書いております。多摩美術大学卒。2児の母。独身。

 

大きな声の挨拶が良いってわけでもない

小学校に朝行くと先生が生徒達に挨拶をしています。「おはようございます!」

ごく普通の光景かもしれませんが、私には気になる点が2つあります。

①声が大きければ良いわけではない

挨拶をする目的は、私の場合は人とのコミュニケーションの1手段です。あなたと心地よく過ごしたいですよ、好意的ですよ、関わる気持ちがありますよ、という表現として使っています。
形式や声の大きさではなく、相手に伝えようという意思、それを受け取ろうという意思、それが大事だと思います。
なので、コミュニケーションを取りたくない相手にまで、する必要は『ない』です。もちろん子どもには、それによって不快に思う人もいること、元気に挨拶できたら相手に良く思われやすいこと、などは『情報』として渡していいと思います(個人的主観をつけずに)。
特に女性は、下心ある男性に愛想よくしたりはしないでしょう。子どもにだって、相手を選ぶ権利はあります。それに挨拶以外にも、コミュニケーションの手段はいくらでもあります。挨拶に重きを置かない人だっています。

「挨拶をする本来の目的は?」この答えも、個々に違うはずです。自分の外に正解を探しにいかずに、自分自身の心に問いかけてみてください。

②大人は手本を示せばいい

勘違いしたくないポイントが、『元気に挨拶出来る子がいい』というものが『大人側からのエゴである』という点です。
そこに無自覚だと、歪みが生まれます。元気な挨拶は気持ちいいです。ですがあくまで個人的な快・不快の話であって、正解・不正解の話ではないのです。大人もみんな元気な挨拶をしているわけではないですからね。

いろんな人がいていい。いろんな人がいないと、社会は成り立たないんですよね。
多様な個性や、多様な在り方を認め合える、そんな人で在ることが、これからの社会では役に立ちますし、優しい世界へと繋がりると思います。

お子さんのご相談、ご自身の子育てのご相談、お待ちしております。コラムにてお答えしていきます。




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です